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映画と漫画と、ときどき小説。

好きな映画や漫画の感想、日々思ったことをつぶやいています。ネタバレへの配慮はありません。

仮面ライダーエグゼイド パラドの正体

良い子なポッピーピポパポが戻ってきましたね~。

ポッピーが誕生したときに犠牲になった人間への罪悪感はあるようですが、

仮面ライダークロニクルで消滅した人間への責任は考えないみたいですね。

私の展開予想はだいたい当たらない。

 

でも細かいことは気にせずに、どんどん話が展開していくドラマは好きです。

もともと私はハリウッドのサメ映画やらゾンビ映画やらを見て、

死ぬ順番当てを嬉々としてやっているような人間なので

ポッピーを非難するつもりもさらさらないしね。

ちなみに、死ぬ順番当ての方もだいたい当たらない。

 

ところで、パラドが「俺はお前だ、永夢」と言ってましたね。

こういう展開も好きなんですよね~。

だからどういう意味なのか考えてみたいのですが、

パラドがこれまでどういう風に描かれていたのかが分からない。

名前も今回初めて知ったくらいだしね。

 

仮面ライダーエグゼイドを真面目に見始めたのは最近のことなので、

バグスターたちのキャラも設定もよく知らないのです。

でも、息子は全話録画して、全ての話を2、3回視聴しています。

だから息子にパラドは何者なのか尋ねてみました。

 

そしたら「バグスターだよ」と教えてくれました。

それくらい今一緒にテレビを見てたんだから知ってるんだよね~。

他には何かないのか尋ねても「それ以上は分からない」と言われてしまいました。

 

息子の物語の理解力がすごく心配になるんですが、私の血をひいているからまぁ仕方ない。

いろいろ想像で補いながら考えてみます。

 

「俺はお前だ」かぁ。

 

考えられる可能性の1つは、パラドと永夢(ゲーム病に罹る前の本来の性格の方の永夢)はゲームが全てという性格が一緒だという意味ですかね。

パラドはゲームのキャラなだけに人生はゲームだという考えの持ち主のようだし、

永夢も昔はゲーム至上主義者で現実の世界をゲームのように捉えていたようですからね。

永夢が自分がゲーム病だと知り、普段の生活でも俺口調になったとき、そんな本来の性格が垣間見えましたよね。

 

他に考えられるのは、パラドが永夢の分身である可能性でしょうか。

今回、パラドがあっさりと永夢の身体をのっとったことからも、

パラドが元は永夢の一部であったというのはあり得るように思います。

この場合、もちろん永夢がゲーム病であることと関係するんでしょうね。

 

ゲーム病に罹った永夢のなかで何が起こったのか?

 

ゲーム狂の性格がバグスターとなって分離し、優しい性格だけが人間の身体にとどまった、とか?

でも他のゲーム病の人たちを見ていると、元になった人間の性格がバグスターに引き継がれている訳ではなさそうなので、この説には無理があるかと思います。

それに、永夢の中にはまだバグスターがいるみたいですしね。

 

私としては、実は永夢は2つのゲーム病に同時に罹っていた説を推したいです。

永夢の中には2体のバグスターがいたということです。

1つはパラド、もう1つは優しい性格の小児科医・永夢。

 

心優しい小児科医・永夢がバグスター説はまだ諦めていません。

ゲーム病が進行してパラドは実体化したけれど、心優しい小児科医バグスターのお陰で、

俺口調のゲーマー・永夢(人間)はかろうじて消滅を免れている。

パラドと永夢(人間)が共にゲーマーなのは偶然です。

…まぁ、違うと思うけど。私の予想は当たらないから。

ガラスの仮面50巻発売延期について思うこと

仮面ライダーエグゼイドばかり見ている今日この頃ですが、

白いスーツを着て薔薇を持っているゲンムの新社長を見ていると、

ガラスの仮面の速水真澄を思い出すんですよね。

 

安達祐実主演のドラマで田辺誠一が演じる速水真澄にハマり、

連載されている内容とコミックスに収録される内容が違うとはつゆ知らず、

ガラスの仮面を読むために花とゆめを購入していました。

休載が続くようになり、コミックスを買えばいいやと思い、

雑誌を買うのはやめてコミックスの発売を待つようになりました。

 

そして20年の月日が流れ、まったく話が進んでいないのだから驚きです。

 

この間、連載された話を大幅にリライトして、

エピソードを追加したり削除したりした内容のコミックスが発売されました。

マヤと真澄が両想いだとお互いに理解した点は連載からの大きな進展ですが、

エピソード的には連載が休止されたところまでまだ追いついていないか、

ちょうど追いついたか、というところだと思います。

 

話が進まないのは、作中で幻の名作と謳われている紅天女の内容に美内さんが悩んでいるからだと

随分昔にパタリロの作者の魔夜峰央さんがおっしゃっていました。

 

といっても、紅天女の劇はクライマックスを除いて月影先生主演で漫画内で描かれていますから、

そのクライマックスが描けないということなんでしょうね。

仏師一真が、神の化身である愛する阿古夜の生命の源となっている梅の木を、

仏像を彫る使命のために切るシーンですね。

 

神と仏の恋の結末。神仏習合のお話なんでしょうかね。深いテーマだと思いますが、そういうのは宗教書とか歴史書に任せて、さらっと終わらせてもいいと思うのですが…

少女漫画は少女の成長と恋愛がきっちり描けていれば、それで十分だと思うのです。

ていうか人間のマヤと真澄の恋が実るところが読みたいんです。

 

花とゆめを買っていた頃、美内さんが読者かインタビュアーの質問に(質問内容は忘れましたが)

「マヤのネックは恋の演技だから、真澄との恋がうまくいけば試演もうまくいきます」

と雑誌上で答えていらっしゃいました。

 

マヤと真澄の恋が成就するかは確信がもてなくて心配していました。

でも、マヤが試演で勝つのは絶対ですから(ですよね、さすがに)、

グダグダでゴチャゴチャとした2人の恋路も最終的にはうまくいくのだな、

と安心したものです。

 

しかし、49巻でなんとなく想いが通じ合った2人を見て、逆に不安になってしまいました。

これは結魂というオチがありえるんじゃないか、と。

 

真澄が死にそうなんですよ。

雑誌に連載された最後の話は真澄が交通事故に遭う内容だったし。

ドラマでもマヤをかばって紫織に刺されていたし(助かったけど)。

 

紅天女は愛し合う2人が死に別れる話ですしね。

紅天女の恋を現実で体験するから試演で素晴らしい演技をすることができる、とか?

マヤと真澄の魂は結ばれるけど、真澄は死ぬという終わり方をしそう。

 

美内さん的には、魂が結ばれていればそれでOKという認識なんではないかと心配です。

そういう精神的な話じゃなくて、俗世で普通に結婚させて下さい、

と49巻を読んだときモヤモヤしていた記憶があります。

 

続きが気になっていたのだけれどその後いっこうに50巻が発売されず、正直忘れていました。

49巻が発売されたのが2012年10月…もう4年と6ヶ月も経ったんですね。

 

さすがに50巻も発売されているだろうとネットで検索してみたのが昨日。

そして、真澄が死ぬかどうかを気に悩む必要はないと思いました。

残念だけど、ガラスの仮面は完結しないんじゃないかな…

 

50巻は2013年に発売される予定で、キャンペーンもしていたのが、

延期延期で今日に至ってもまだ発売されていないのです。

これはもう美内さんの怠慢とかではなく、本当に描くことができないのだろうと思います。

 

そもそもあと1年の連載で終われる内容を

20年かけても描けていないというのが異常事態なのですが。

花とゆめの新年の抱負で、美内さんは年内の連載終了をあげていらっしゃいました。)

でもまぁ、これは私は理解できるんです。

 

私は文書や資料の作成が苦手で、

あれも書かなきゃ、これも書かなきゃ、でもスペースがない、構成が決まらないと

あーでもない、こーでもないとグダグダになってしまいます。

仕事仲間の目にしか触れない私の資料と、

国民的漫画であるガラスの仮面を一緒にするのは大変おこがましいのですが、

やる気があって内容が大体決まっていても描けないというのは分かります。

 

それでも私の場合、どんなにまとまらない内容でも締切に合わせてなんとかまとめます。

締切がなければ、いつまでもいつまでもグダグダしていると思いますが、

クオリティが気に入らなくても締切で表に出します。

 

ガラスの仮面は、大々的にキャンペーンを張って世間に発表し予約も受け付けていたコミックスの発売日という、最大級の締切でも作品を発表できなかったんですよね。

 

ここまでのプレッシャーをかけても出せないということは、もう無理だろうなと思うのです。

「50巻は現在執筆中です」と美内さんは今でも発言されているようなので、気持ちが切れている訳ではなさそうですが、クオリティの妥協ができないんだろうと想像します。完璧なクオリティの追求ってゴールがなさそう…

 

現在発表されている部分までで、ガラスの仮面は十分に名作だと思うのです。

あとは完結したという体だけ整えてくれればそれでいいんですけどね、私的には。

なんなら残りは後日談の中で振り返るとかでもいいですよ。

結婚したマヤと真澄が自宅でコーヒーでも飲みながら、思い出話をする感じでなんとなくそこまでの道のりを教えてくれれば。

でも、そんなの美内さんには許せませんよね。だからこその現状なんですよね~。

仮面ライダーエグゼイド 大我とニコ

花家大我がかっこよかった27話。

もう本当にかっこよくて、この回の録画を永久保存する勢いです。

 

何が良かったって、「俺のそばから離れるな」が最高でした。

大我とニコがずぶ濡れっていうのも良い演出でした。

 

花家大我というのは仮面ライダーの1人で、

無免許だけど腕のいいブラックジャックのような医者です。

昔は主人公の永夢が勤めている病院で働いていたんだけれど、

なんか色々あって医師免許を剥奪されて追放されちゃって、

その辺のわだかまりから初登場時は永夢達と敵対していました。

今では、まぁ仲良しではないけれど、一緒に敵と戦ったりする間柄です。

 

ニコというのは口の悪いゲーマーで、

昔ゲームで永夢に負けたことをずっと根にもっている女の子です。

で、大我に永夢をやっつけるよう依頼してきました。

その後ゲーム病にかかり、大我に治してもらっています。

それからは大我とずっと一緒にいるようなんですが、

正直何がしたいキャラなのか私にはよく分からない。

まだ大我に永夢をやっつけてもらおうと思っているのかな?

 

で、今週の27話です。

昨日、いつものように息子が横で仮面ライダーエグゼイドの録画を見ていました。

私はほとんど見ていなかったので、

どういう展開でそうなったのかはさっぱり分からないのですが、

ふとテレビ画面を見たらですね。

 

大我がずぶ濡れになりながら、公園の池の中で倒れたニコを庇うように敵の前に立ち塞がって、

敵を睨みつけながら、ニコに「俺のそばから離れるな」と命じたんですよ。

そして、やはりずぶ濡れのニコが大我を見つめる、というね。

 

もう一瞬で恋に落ちちゃいましたね、私が、大我に。

少女漫画脳にはたまらないシーンでした。

願いごとの持ち腐れ

今月の NHK のみんなの歌は AKB48 の「願いごとの持ち腐れ」です。

テレビから流れてきた曲を聞いて、すぐに好きになりました。

でも、何を歌っているのか理解できなかったんです。

 

歌詞をまとめるとこんな感じです。

 

1つだけ願いを叶えられる魔法を持っている僕が、何をお願いしようかと迷っている。

叶えたいことはいっぱいあるけれど、1つだけとなるとどれにするか決められない。

そんなとき些細なことから争いになっている2人を見つけた。

僕はその2人が争いをやめて仲直りすることを願った。

自分の願いは叶えられなかったけれど、2人が仲直りをするのを見て僕は満足した。

皆が、自分のためではなく、他人のために行動すれば、世界はもっと素敵になる。

 

槇原敬之の「僕が一番欲しかったもの」を思い起こさせる、とても前向きな歌詞です。

槇原敬之で例えたのは、私がマッキーの大ファンだからです。

 

でも、タイトルが「願いごとの”持ち腐れ”」で、曲調は全体を通して物悲しい。

歌詞とタイトル・曲調が合っていないように思うんですよね。

歌詞をそのまま読むなら、僕は悩んだ末に素敵な答えを見つけたのだから、

「僕が一番欲しかったもの」のように明るい調子で終わるのがふさわしいように思います。

でも「願いごとの持ち腐れ」は悲しいまま終わる。

 

で、考えてみました。

AKB48 の歌の主人公はウブな男の子と相場が決まっています。

全部が全部という訳ではないんでしょうが、

奥手な男の子のピュアな恋心を歌っているイメージです。

 

この歌もそうだと考えると、なんとなく歌詞の意味が分かってきました。

 

争っていた2人とは、好きな女の子とその彼氏でしょう。

好きな女の子と自分が付き合うように願うこともできたけど、

女の子の幸せを想って彼氏と仲直りさせてあげた、という話なんじゃないでしょうか。

これでいいんだと強がってはいるけれど、心は泣いている、と。

 

これは失恋ソングですね、多分。

失恋ソング大好きな私の琴線に触れたことからも、きっとそうだ。

「僕が一番欲しかったもの」じゃなくて「Hungry Spider」だったんですね、多分。

仮面ライダーエグゼイド 仮面ライダークロニクル開始回

先週の放送ではポッピーピポパポはすぐに元に戻るだろうと思いましたが、

今週の内容を見てもう人間側に戻れないような気がしてきました。

何人もの人間を消滅させておいて「洗脳されていました~」では済まないよねぇ。

「ライフは1つだけ。コンティニューはできませ~ん」がすごく可愛かったので、

もうポッピーピポパポは敵のままでいいんじゃないかな。

 

しかし、人間が消滅するシーンはまだ慣れないなぁ。

普通に死んでいくのを見るよりもすごく堪えるんだけど、なんでなのかな。

何も残らず、存在自体が消えてしまう感じがキツイのかなぁ。

ハリウッドのアクション映画が好きだから、人が死ぬのは見慣れてしまっているってのもあるのかな。

 

初めて見たヒーロータイムの番組は海賊戦隊ゴーカイジャーでした。

怪人達が死ぬと爆発して消え去るのを見て、

さすが伝統ある子供向け番組は配慮が行き届いているなぁと感心しました。

死体のような生々しいものを見せないようにしてるんだなって。

しかし、怪人が消滅するのはなんとも思わなかったけれど、人間が消え去るのは哀れすぎる。

身体くらい残してあげてって思うけど、死体がゴロゴロ転がっているのもやっぱり問題がある気がする…

 

子供達の前でダイ・ハード2を観たのはマズかったかしら。

映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲

大人が見ても泣けると評判の「オトナ帝国の逆襲」、私も泣きます。

ひろしが、自分が大人であることを忘れて遊んでいた万博のセットの中で

しんのすけのことを思い出すシーンで、ボロボロボロボロ泣いてしまいます。

ひろしも泣いていますね。

 

何故あのシーンは泣いてしまうのでしょうか?

 

多くの大人が涙するであろうシーンですが、感動の涙ではありませんよね。

あれは哀しみの涙だと思うのです。

愛する我が子を思い出して、どうして悲しくて泣いてしまうのか?

そんなこと考えなくても分かるでしょ、と言われてしまいそうですが、

今日はその辺を考えることに浸ろうと思います。

 

この映画に出てくる大人達は「20世紀博」に夢中です。

20世紀博とは、20世紀の懐かしいおもちゃやテレビ番組、街並みを再現したテーマパークです。

ひろしとみさえも、しんのすけとひまわりを託児所にほっぽり出して童心に帰って遊んでいます。

 

私も20世紀博が楽しそうだと思います。行ってみたいです。

ノスタルジーに浸るのってとても気持ち良いんですよね。

20世紀が21世紀よりも良い時代だったとは思いません。

おもちゃは今みたいに音が鳴ったり光ったりせず、単純なものしかなかった。

テレビ番組は画質が悪く、特撮はミニチュア感丸出しで、CGがないから表現できる事も限られていた。

街並みは汚かった。

 

それでも私が20世紀に浸りたいのは、子供時代を過ごしたのが20世紀だったせいだと思います。

ひろしやみさえもそうなんじゃないかな。

子供の頃に夢中になっていたものを見ていると、子供の頃の気持ちに戻れるのです。

それが気持ち良い。

 

映画の話に戻します。

ある日の夜、テレビから「明日お迎えにあがります」という20世紀博からのお知らせが流れます。

その瞬間から、ひろしとみさえは親であること、大人であることを放棄してしまいます。

晩御飯も用意せず、しんのすけとひまわりをほったらかして寝てしまいます。

朝になってもみさえは朝ごはんを用意せず、ひろしは会社にいこうとせず、2人でお菓子を食べてゴロゴロしています。しんのすけは自分で朝の支度を済ませ、やっぱりほったらかされているひまわりをおんぶして幼稚園に向かいます(いいお兄ちゃんですね)。

幼稚園に向かう途中でも、幼稚園に着いてからも異様な光景が広がっています。

大人達が皆仕事をせず、子供のように遊んでいるのです。

そして、20世紀博のトラックがやってくると、大人達は皆楽しそうに乗り込んで行ってしまいました。

街に残されたのは子供だけです。

誰も働いていないので、お店は全て閉まっているし、インフラも止まってしまいます。

しんのすけトオルくん、ネネちゃん、マサオくん、ボーちゃん(+ひまわり)のいつものメンバーでサバイバルが始まります。

 

子供達のパートはすっとばしますが、なんやかやとあって、しんのすけ達は親を正気に戻すために20世紀博に乗り込みます。しんのすけは、万博のセットの中で子供に戻って遊んでいるひろしを見つけます。ひろしは自分を子供だと思い込んでおり、しんのすけが誰だか分かりません。

 

この騒動の黒幕から、大人達が変になったのは昭和の匂いのせいだと聞いていたしんのすけは「昭和の匂いに抵抗するには現在の匂いだ」とひろしの靴の匂いをひろしに嗅がせます。

 

そして、冒頭で触れたひろしがしんのすけのことを思い出すシークエンスが始まります。

その後、目を醒ましたひろしやみさえと一緒にしんのすけが黒幕を倒すのですが、

私的にはこのひろしが目を醒ますシーンがクライマックスです。

 

自分の靴の匂いで気絶したひろし(どんな匂いなんでしょうね…)は夢を見ます。

父親が漕ぐ自転車の後ろに乗っている少年のひろし。

振り返ったお父さんがひろしに優しく微笑みかけます。

時は流れ、ひろしは高校生になり、自分で自転車を押しながら気になる女の子と2人で並んで歩きます。

さらに時は流れ、ひろしは会社員になり、みさえと出会い、結婚し、しんのすけとひまわりが生まれます。マイホームも建て、騒々しくも楽しい家庭を築きます。もう立派なお父さんです。

 

そして、しんのすけを後ろに乗せてひろしが自転車を漕ぐシーンになり、目を醒まします。

ひろしが自転車を漕ぐ辺りで私の涙腺が崩壊します。多分皆そうですよね。

目を醒ましたひろしも、やっぱり泣いています。

 

子供の頃を思い出すのが気持ち良いのは、自分は守られているという安心感を覚えるからじゃないでしょうか。親の庇護の下にいるということを、親の自転車の後ろに乗ることが象徴しているように思います。

 

親に守られていた幼い日々。

自分を無条件に受け入れ、育ててくれた。

楽しいことや嬉しいことがあれば、我が事のように一緒に喜んでくれ、

辛いことや悲しいことがあれば、慰め励ましてくれた。

親が危険を遠ざけてくれるから、安心して無邪気に過ごす事ができた。

 

でも、いつまでも子供ではいられない。

かつてひろしがいた安全で暖かい場所には、今はしんのすけがいる。

ひろしはかつて自分がそうしてもらったように、

しんのすけが安心して過ごせるように守る側になった。

 

あの居心地の良い場所に自分はもう戻れない。

永遠に失っているんだと気づくことによる涙なんですね、きっと。

仮面ライダーエグゼイド 檀政宗

仮面ライダーエグゼイドのクレジットに貴水博之さんのお名前を見つけてから

どんな役を演じているのかずっと気になっていました。

 

kazuyuki-t.hatenablog.com

 

先日やっと見れました。貴水博之さん演じる檀政宗

3月5日放送の21話です。

 

仮面ライダーエグゼイドは息子が全話録画しています。

息子は同じ話を何度も見るので、またすぐに見る機会があるだろうと思っていたのですが、

意外と時間がかかったな~。

 

テレビから檀政宗という言葉が聞こえてきたので、

巻き戻させてテレビの前に鎮座して見ました。

 

政宗「君が救ってくれるのか?私の息子を…」

役名から想定してましたが、檀黎斗の父親役なんですね。

ゼロデイを引き起こした犯人として服役中でした。

 

貴水さんが演技してる~!!と一気にテンションが上がりました。

と同時に、檀政宗を見たことがあったことに気づきました。

刑務所におつとめ中なわけで囚人服を着てますし、疲れた感じの演技なので

貴水博之だとは気づかなかった。

 

かっこいいけど access 一期の頃に比べたらやっぱり老けたなぁと思っていたら、

回想シーンにホストな貴水さんがいらっしゃって感激でした。

 

茶髪に黒シャツ、光沢スーツ。チャラいわぁ。あぁ、これでこそ貴水博之

全然変わっていない。

 

回想シーンは、バグスターが発生した 2000 年頃の話でした。

世間が 2000 年問題で騒いでいた裏で、バグスターが発生したことに

当時まだ中学生か高校生くらいの檀黎斗が気づいたシーンでした。

 

その後、檀黎斗は見つけたバグスターを悪用してゼロデイを起こして

その罪を全て父親政宗に被せた、ということみたいですね。

父親が息子の罪を被ったというより、息子が積極的に父親に罪を被せたように感じました。

 

黎斗は、普通の人間が分不相応な力を手にして転落していったキャラとして見ていましたが、

これが本当なら、生まれながらのサイコパスキャラのようですね。

そりゃ救済も用意されず、消滅させられちゃうわ。

父親の願いもむなしく、永夢にも黎斗は救えませんでしたね。

 

黎斗が消滅したことにより、政宗はゼロデイの発生に立ち会った唯一の人間になった訳ですね。

きっとまだ永夢達に話していないことがあるはず。

政宗にはまだまだ話に絡んできてほしいな~。

その際は、無実の罪をはらして出所して、ホストないでたちでお願いします!